憲法リテラシー【応用編】ー抵抗の牙城としての知。2026年5月17日開始。参加受付中!

高市政権のナラティブ支配

まえがき

この記事は、元々Caitli’s Newsletter 日本語版の「【Caitlin’s】ナラティブの支配こそすべてだ」の前書きとして書き始めたものだったが、長くなり過ぎたので別稿に分けた。内容は同期しているので、両方合わせて読んで頂きたい。「【Caitlin’s】ナラティブの支配こそすべてだ」は、世界の現状を生々しく叙述し、本稿は日本の激変する現状を叙述する。

note(ノート)
【Caitlin’s】ナラティブの支配こそすべてだ|よしログ あなたは、自分が受け取る情報が誰かに操られて自分に到着したと感じたことはあるだろうか?あるいは、あなたが自分の感情だと思っていたものが誰かに操られた産物だと感じ...

高市政権の動きは、あまりに速く、かつ広範囲に広がる。主権者である国民がその全ての動きを把握するのは、もはやほとんど不可能だろう。この状況は、国民主権にとって大きな危機だ。この状況をリアルタイムに把握するために、『国民主権の危機モニター』を、2022年に始めた『憲法リテラシー・プロジェクト』のサイト内に作った。まだ作成途中だが、変貌しつつある日本の姿に危機を感じている方は、是非そちらも参照して欲しい。

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目次

I. ナラティブの支配とは?

II. 日本の現在

 ◾️第1層:発信(ナラティブを外に出す)

  ⑴ インフルエンサーとの契約(政府広報のSNS活用)

  ⑵ 公共広告・メディアとの関係

 ◾️第2層:分析(ナラティブを読む・測る)

  ⑶ Palantir Technologiesとの契約

  ⑷ AI・アルゴリズムによる世論分析

 ◾️第3層:遮断(ナラティブを制限する)

  ⑸ スパイ防止法(機密保護強化)強化)

  ⑹ 特定秘密保護法(既存制度)

  ⑺ プラットフォーム規制(SNS規制議論)

 ◾️第4層:統合(全体を接続・意思決定する)

  ⑻ 国家情報局(法案) 

 ◾️横断(実行能力を向上する)

  ⑼ サイバー・情報戦部隊の強化(防衛省)

III. 抵抗の道はあるのか?

 ⑴  外部からの強制監視

 ⑵  情報の非対称性の破壊

 ⑶ ナラティブの多元性

 ⑷ ほとんど「もう遅い」、だが「まだ遅くない」

IV. 憲法リテラシー【応用編】抵抗の牙城としての知

I. ナラティブの支配とは?

あなたは、自分が受け取る情報が誰かに操られて自分に到着したと感じたことはあるだろうか?あるいは、あなたが自分の感情だと思っていたものが誰かに操られた産物だと感じたことはあるだろうか?

それを考える前に、まず前記のケイトリンさんの記事の中で焦点になる「ナラティブ」という概念について考えてみるのがよいと思う。ナラティブは物語と訳されることが多いが、ここでは以下のような意味だと理解してほしい。

ナラティブ:人々が現実について共有する「意味づけの物語」や解釈の枠組み。事実そのものではなく、それをどう選び、どう結びつけ、どう理解するかによって形成される。ケイトリンさんの記事では、世論や個人の判断・行動を左右し、操作の対象ともなる認識の基盤としての物語を指している。

最初に書いた問いは、「あなたは誰かに作られたナラティブを信じ込み、その世界の中で生きているのではないか」という問いに言い換えることが出来る。

その誰かを指す概念として、ケイトリンさんは、「マニピュレーター」という言葉を以下のような意味で使う。

マニピュレーター:他者の認識や感情、判断を意図的に誘導し、自らに有利な方向へ導こうとする者。ここでは特に、言説やイメージ、情報の流通を通じて「ナラティブ(上記参照)」を形成・操作し、世論から個人の行動に至るまで影響を与える主体を指す。

つまり、あなたは、どこかにいるマニピュレーターによって作られたナラティブの中で生き、あなたの感情まで操作されているかもしれないということだ。

古くはフェイク・ニュース、ガセネタ、デマ、今はそれらに加えてAI生成画像/動画が洪水のように情報空間を埋め尽くしている。これは言い換えれば、ナラティブ間の壮絶な競争が起きているということだ。

ナラティブを支配したものが、世界を支配する。情報戦争という言葉が情報の取り合いである時代はとっくに終わった。今、情報戦争とは、ナラティブの争奪戦のことだ。

日本の政権からよく出てくる言葉をいくつか拾ってみよう。
「美しい国」「普通の国」「安全保障環境の急激な悪化」「中国の脅威」「中国経済崩壊」「日本すげ〜」「ロシア軍壊滅」「イラン崩壊」等々、いくらでもあるが、これらは現実を描写するのが意図ではない。世間における世界観、一般国民の頭に埋め込む物語、つまりナラティブを生成するのが目的だ。ファクト・チェックには何の意味もない。真と出ようが偽と出ようが、自分が信じたナラティブの中で人は生きている。それがナラティブを支配した者が、世界を支配するという意味だ。ケイトリンさんは、イスラエルとアメリカの壮絶なナラティブ戦を描写する。では、日本はどうなってるのか。この記事はそれを記述する試みだ。

II. 日本の現在

ケイトリンさんの「【Caitlin’s】ナラティブの支配こそすべてだ」で書かれていたことは、全く他人事ではない。今まさに日本の国民の目の前にある危機のことだ。多岐に渡る一見するとバラバラのニュースとして見ていることが、実は全体として一つの方向を示している。
メディアの報道で実際に見る具体的な項目をあげてみる。

  1. インフルエンサーとの協力/契約
  2. 公共広告・メディアとの協調関係
  3. Palantir Technologiesとの契約
  4. AI・アルゴリズムによる世論分析
  5. スパイ防止法(機密保護強化)
  6. 特定秘密保護法(既存制度)
  7. プラットフォーム規制(SNS規制議論)
  8. 国家情報局(法案)
  9. サイバー・情報戦部隊の強化(防衛省)

上記に挙げた9項目の中には、既に実行されているものや立法化されたものもあるし、議論中のものや、法案として審議中のものもある。どれも秘密でもなんでもない、国民の誰もがある時点で目にしているはずのものだ。但し、バラバラなニュースとして現れ、それらによって何を達成したいのか全体的な意図を政府は説明しないし、メディアも深掘りしない。

結果的に、一般には、それぞれの項目が、互いに関連のない独立したもののように見える。そして、我々一般国民は、それらを巡って情報操作だ、世論誘導だ、言論封殺だ、いや安全保障だ、世界の常識だ、という糾弾と弁解の応酬をSNSやYouTubeで展開する。しかし、実態はそのまま放置される。

国家の情報能力が強化されること自体が悪と言ってるのではない。目を瞑って国家の運営など出来る訳がない。全ての国家がレベルの違いはあっても、情報能力と言えるものを有している。但し、それが国家の安全保障(security)という名目の下で、国民の基本権を犠牲にし、権力に奉仕するのであれば、それ自体が既に国家の破壊であり、文字通り本末転倒になる。

念押しをしておくが、国家の主人は国民であり、国家は国民に仕える下僕だ。それを否定する者は、前近代に戻りたいと主張しているということだ。1人で戻るのは勝手だが、日本全体を巻き込むのは迷惑な話だ。

国家の真の安全保障とは、憲法という国家の設計図に書かれた主権者(=国民)の意図を国家が守り、国民の安全(security)を強化する情報能力であって、国民の意思とは無関係に他国の脅威に与える情報能力ではない。もう一度書くが、それは国家に危機をおびき寄せることによって全くの本末転倒の結果を導く。

しかし、上の9項目に現れているような国家の情報能力強化は、国民の意思に反して、日本が他国に対する脅威になったり、あるいは国内の政権にとって都合の悪い言論の封じ込めにとって非常に有効だ。それを止めるためには、透明性・監視・歯止めを確保する仕組みが絶対に必要なのは自明のことだ。そうでなければ、権力がナラティブを作り、発信し、拡散し、権力が国民のナラティブを分析し、権力が気に入らないナラティブを審判者として遮断する。つまり、権力に与えられたナラティブの中に国民は生きることになる。現在の情報技術の発展、AIの進化を考慮すれば、映画V for Vendettaや、ジョージ・オーウェルの1984の世界よりも完璧な独裁体制を作ることがフィクションではなく、現実に可能になるだろう。

「【Caitlin’s】ナラティブの支配こそすべてだ」を読んだ後で、上記の9項目をもう一度見直すと、日本政府は、非常に緻密に情報能力の強化策を設計し、高市政権は、猛烈なスピードで、それを実行していることが分かる。実際、既に権力のナラティブ支配能力は大幅に向上している。その一端は、今年2月8日の衆院選で披露された。

高市政権の情報能力強化策の全体像を俯瞰すると以下のように整理できるだろう。

[第1層:発信] まず、国家が契約したインフルエンサーによって自然発生的に見せかけられたナラティブが生成され、拡散される。批判的なメディアへは忖度圧力がかかり、自己検閲的に報道のトーンは調整される。

[第2層:分析] 防衛・警察・行政はパランティアの導入によって、大規模データ分析の基盤を得る。世論動向は監視され、世間のナラティブは分析される。政府への反対意見は早期に抑制される。

[第3層:遮断] スパイ防止法が成立すれば、政府が決定した「機密」事項によって、国民と権力の間の情報の非対称性が拡大し、「情報を出さない」形式のナラティブの統制が起きる。また内部告発の恐れによって、報道はさらに萎縮する。同様に、特定秘密保護法は、政府が決定した「特定秘密」によって、国民もメディアも「知らされないこと」が制度化される。プラットフォーム/SNSの規制によって、「何が偽情報か」の定義権を政府がつかむ。これによって、政権に不都合な言説の抑制が可能になるという形で表現の自由の制限が進行する。つまり、ナラティブの選別権が政権に集中することになる。

[第4層:統合] 国家情報局法案は、衆院を通過し、参院の審議に入る段階だが、上記全てを統合する機能を期待されているのだろう。国家情報局が設立されると、情報の集中と解釈の集中が可能になる。単に情報を一元化するのではなく、「意味付け」が一元化される。「何が事実か」はここで決定される。つまり、国民はここでお墨付きを得た政府に都合の良い「ナラティブ」の中で生きることが期待される。

[横断実行力] サイバー・情報戦の防衛省能力の向上は、上記各層の発信(対外プロパガンダ)、分析(情報戦状況の把握)、抑制(対抗言説の無力化)を大幅に強化する。

身近な例を想像すれば、例えば、私がSNSで政権にとって不都合な投稿をしたとしよう。そうすると、即座に政府の分析システムがそれを検知する。間髪を入れず、大量の対抗ナラティブが投入される。と同時に、私のした不都合な投稿は遮断もしくは削除され、私のアカウントはバンされ消えていく(そう遠くない話かもしれない)。

このような一連のサイクルは人間が気づく前に超絶スピードでAIに繰り返され、国民の認識環境が書き換わっていく。つまり、国民は政権に操作され、生成された(マニピュレートされた)世界認識の中で生きていくことになる。これがナラティブの支配の意味だ。

以下では、国家情報能力の「発信・分析・遮断・統合」の各層ごとに、今分かっている限りで項目を整理する。

◾️第1層:発信(ナラティブを外に出す)

 ⑴ インフルエンサーとの契約(政府広報のSNS活用)

内容:政府や関連機関がSNSインフルエンサーと契約し、政策や国家イメージを発信させる動き
問題:
❶広告と自然発信の境界が曖昧
❷個人の意見に見せかけた政府メッセージの拡散
❸ 国家によるステルスマーケティング(ステマ)
→ナラティブを「自然発生的に見せる」。

 ⑵ 公共広告・メディアとの関係

内容:政府広告費の配分、記者クラブ制度など
問題:
❶批判的メディアへの圧力
❷報道のトーン調整
❸自己検閲の誘発
→直接操作ではなく「環境調整型」の統制。


◾️第2層:分析(ナラティブを読む・測る)

 ⑶ Palantir Technologiesとの契約

内容:防衛・警察・行政におけるデータ分析基盤の導入
問題:
❶大量データ統合 → 行動予測・監視の強化
❷誰がどの情報に接触しているか」の可視化
❸世論動向分析 → 政治的活用の可能性
→「監視」と「ナラティブ分析」が結びつく。

 ⑷ AI・アルゴリズムによる世論分析

内容:SNS・検索・行動データの分析による政策判断
問題:
❶世論の“可視化”が“操作”に転化する可能性
❷反対意見の早期抑制
❸「どのナラティブが広がるか」を設計可能にする
→ ナラティブの予測と誘導。


◾️第3層:遮断(ナラティブを制限する)

 ⑸ スパイ防止法(機密保護強化)

内容:国家機密の漏洩を厳しく取り締まる法整備

問題:
❶「何が機密か」を政府が決める
❷内部告発・報道の萎縮
❸情報の非対称性が拡大
→情報を「出さない」ことによるナラティブ統制。

 ⑹ 特定秘密保護法(既存制度)

内容:国家安全保障に関する情報を「特定秘密」として指定

問題:
❶指定範囲が広く、恣意的運用の懸念
❷市民やメディアが検証できない
❸「知らされないこと」が構造化
→情報統制の制度的基盤。

 ⑺ プラットフォーム規制(SNS規制議論)

内容:偽情報対策・プラットフォーム規制の強化

問題:
❶「何が偽情報か」の定義権
❷ 政治的に不都合な言説の抑制可能性
❸ 表現の自由との衝突
→ナラティブの選別権の集中。


◾️第4層:統合(全体を接続・意思決定する)

 ⑻ 国家情報局(法案) 

内容:内閣主導で情報を一元化するインテリジェンス機関の整備構想

問題:
❶情報の集中=解釈の集中
❷政府に都合の良い分析が優先される可能性
❸情報公開・検証の不透明化
→「何が事実とされるか」を政府が握る。


◾️横断(実行能力を向上する)

 ⑼ サイバー・情報戦部隊の強化(防衛省)

内容:サイバー防衛・心理戦(情報戦)能力の整備
問題:
❶ 「防衛」と「対内世論操作」の境界が曖昧
❷国内向けにも使われる可能性
❸他国型の情報戦(プロパガンダ)の導入懸念
→対外用ツールの内向き転用リスク。


III. 抵抗の道はあるのか?

上記のような4つの層及びそれらを横断する実行力も高市政権下で完成間近と考えて良いだろう。2月8日の衆院選時に披露されたように、政府のナラティブ支配は既にかなり成功している。

権力による正当化:国家が、このような情報の発信・分析・抑制そしてそれらを統合する能力が必要なのかと問えば、「必要だからみんな(外国)やってる」という返答が来るだろう。国家権力の側に立って言い分を考えてみよう。

「現代の脅威は“情報空間”で発生し、従来の国家機能では対処できない。情報は安全保障のインフラになった。だから機能強化する必要がある」

というのが端的な言い方になるだろう。
それを分解すると、情報戦においては沈黙=敗北であるから発信を強化しなければいけない(発信)、国民の安全を守るためには、情報環境を把握する必要がある(分析)、一定の制限は国家の安全を守ために必要(抑制)、迅速で正確な意思決定のためには統合が必要(統合)と続くだろう。

これらの正当化の論理自体は争点ではない。争点は、これらの正当化によって強化されていく国家の情報能力システムの全体が、国民主権を損なわない全体構造の中で設計されているかどうかにある。

では、具体的には何が必要なのかを三つの側面から見てみる。

⑴  外部からの強制監視

権力は、内部からは止まらない。議会、司法、独立機関などが、外からのチェック機能として働かなければ、権力の生成するナラティブは一方向に固定される。なぜなら、「何が問題か」を定義するのもナラティブだからだ。問題の定義を握っている側は、決して自分を問題だとは定義しない。だから外部が必要になる。

「どの国にも情報機関はあるだろう」と反論する人もいるだろう。
その通りだ。しかし、問題は、「あるかどうか」ではない。「制御されているかどうか」だ。世界最大の巨大な情報機関システムを持つアメリカでは、議会の情報特別委員会が情報機関を継続的に監視している。

おそらく見たことのある人もいるだろうと思うが、アメリカでは、情報特別委員会の委員(議員)が、CIAやNSAなどの情報機関の代表者を議会で徹底的に吊るし上げている場面がテレビで放映される。そんなプロセスを通して、過去には情報機関による違法監視や権限逸脱が糾弾され、修正された事もある。

つまり、ナラティブを作る側も、外から見られている。国家の情報能力を強化するなら、このような装置を組み込むことが絶対に必要だ。それがなければ、「情報機関」は独裁制の道具になり得る。

日本の国会の監視能力は、個々の議員の能力としても、制度としても、あまりに弱い。

⑵  情報の非対称性の破壊

ナラティブ支配の本質は、情報の偏りにある。一部の人間だけ(例えば政府)が情報を持ち、ほかの大多数(例えば国民)が持っていないとしよう。それを情報の非対称性と言う。後者は「編集された現実」だけを見せられている。リアリストを自称する人の多くは、こうやって権力が「現実」と称して供給するナラティブに支配されている人たちだ。

内部告発、リーク、独立系メディア/Alternative Media あるいはSNSは、権力が生成し、拡散するナラティブを破壊する。ナラティブは、完全に崩れる必要はない。「別の説明が存在する」と知られるだけでいい。それだけで、人は疑い始める。実際、世界中でそれは起きている。「【Caitlin’s】ナラティブの支配こそすべてだ」では、ブリンケン元国務長官がTikTokがイスラエルのナラティブを壊したことに苦言を呈している場面がある。

アメリカで政権内部からの告発・リークが頻繁に起きることは日本でも報道されているだろう。あるいは、英米大手メディアから独立した大物が次々とYouTube、ポッドキャスト、ブログなどでAlternative Mediaを立ち上げ、それらがしばしば本家の大手メディアを超えるフォロワー数/視聴数を上げている(Tucker Carlson, Megyn Kelly, Piers Morgan etc.)。(そもそもRay of Letters のメンバーシップは、Alternative Media として立ち上げたのだった)。

エドワード・スノーデンの告発によって、国家による大規模監視の実態が暴かれたとき、それまで当然とされていたナラティブは揺らいだ。すべてを逐一覆す必要はない。「隠されていたものがある」と政権の外部に知られること。それだけで十分な破壊力はある。

だから、内部告発、リーク、独立系メディア、Alternative Media あるいはSNSは守られなければならない。それが長期的には組織を強くする。隠し通そうとすることは、権力の情報能力を強化しない。弱体化する。私が長くいた組織には、内部告発(いわゆるwistle blower)を厳重に保護する制度があった。実際、それは活用されていた。高市政権下で進む情報能力強化の全体設計にも、そのような保護システムは絶対に必要だ。

⑶ ナラティブの多元性

もしナラティブが一つしかなければ、それが現実になる。それ故に、複数のナラティブの中で生きている人は、それをプロパガンダだと即座に見抜くことが出来る。外国で生活している人、あるいは頻繁に複数の国の間を行き来している人、あるいは国内に在住でも、常に何らかの手段を通して複数のナラティブに接している人たちにとって、現実は権力の供給するナラティブに固定されない。

アメリカは、大統領の権限が強く、インテリジェンス・コミュニティと呼ばれるほど多数の情報機関があり(18機関)、非常に情報能力の高い国だが、政府の説明に対して、独立メディアや学者、ジャーナリストが公然と政権とは異なるナラティブを提示し続ける事も自由だ。彼らによって多元性は維持され、アメリカ国民は、政府が発信するナラティブが唯一無二のものではないことを知ることが出来る。

異なるナラティブを発信し続ける独立メディアや学者、ジャーナリスト、インフルエンサーの表現の自由を、個人であれ組織であれ、保護し続けることで、現在、独裁の非難が強いトランプ政権下でもアメリカはかろうじて救われていると言えるだろう。権力の代弁者のように振る舞う、いわゆる御用学者・ジャーナリスト・メディア・インフルエンサーも存在するが、それも多元性の一部だ。

この多元性が、独裁化の歯止めの機能を果たしている。だから、情報能力強化の全体システムの中で、多元性の保護は絶対必要な要素の一つだろう。政権に異論を唱える学者、ジャーナリスト、メディアの声が日本では暴力的にではなく、丁寧に排除されているのは、もうほとんどの国民が知っていることだ。多元性の軽視が続く限り、高市政権が進めている国家の情報能力強化は非常に危うい。

⑷ ほとんど「もう遅い」、だが「まだ遅くない」

高市政権下で、日本の情報能力は、透明性も監視も歯止めもないまま大幅に急速に強化されつつある。①発信能力と確保し、②分析能力を確保し、③遮断能力を確保した。最後にそれらを④統合する能力として、国家情報局の設立が参議院での審議段階に来ている。これが総決算なのだ。この法案の通った段階で、統合能力の強化が制度化される。

この段階で「もう遅い」と言えるかもしれない。なぜなら、官僚機構の一般的習性から見て、一度拡張された権限は縮小されないし、一度許された情報統制は次も使われるし、一度成立したナラティブ管理は常態化するだろうから。言い換えれば、この段階で不可逆の線を超えてしまう。

しかも、実際に実行されることは、我々のほとんどにとっては見えなくなるだろう。先に書いたように、政権に不都合なナラティブの発信は、リアルタイムで分析され、対抗ナラティブの津波が即応化し、同時に不都合なナラティブの遮断は合法化済み、それらが一元的に国家情報局によって統合されている。ほとんど人間の手を離れている。私のアカウントの消滅は誰にも気づかれない。

ここで、意地でも「まだ遅くない」と言える条件は、既に書いた通りことだ。

  1. 外部の目を導入:国会の監視能力強化の制度化、あるいは独立監視機関の設置。
  2. 情報の非対称性の解消:内部告発、リーク、独立系メディア、Alternative Media あるいはSNSの保護。
  3. 多元性の確保:異論を唱える学者、ジャーナリスト、インフルエンサー、メディアの徹底的保護。

既に「情報機関が必要かどうか」を争点にしている人たちがいる(学者かジャーナリストかインフルエンサーか芸人かなんか分からんが)。それ自体が誘導の結果だ。「情報機関があるかないか」は問題ではない。

問題は「情報機関によるナラティブの独占化を止められるかどうか」だ。既に高市ナラティブの世界を生きている人が国民の3割くらいいるらしい。それが大幅に増え始めたら、不可逆の一線を越えたということだろう。

それを阻止できるのは、権力を監視し、彼らの行動を知り、彼らに対して声を上げ続ける国民しかいない。

IV. 憲法リテラシー【応用編】ー抵抗の牙城としての知

上の記事に密接に関連した形で、憲法リテラシー【応用編】を、6回のウェビナー・シリーズとして、2026年5月17日から7月26日までの期間に実施します。デモには行けないが、日本の崩壊に抵抗したい方は、下記をご検討してみてください。


END

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