ヤルタ会談
1945年2月4日から11日にかけて、ソビエト連邦のクリミア半島にあるヤルタ近郊のリヴァディア宮殿、ユスポフ宮殿、ヴォロンツォフ宮殿で、フランクリン・D・ルーズベルト米国大統領、ウィンストン・チャーチル英国首相、ヨシフ・スターリンソビエト連邦書記長の3人による会合が開催された。これをヤルタ会談と呼ぶ。
この会議の目的は、集団安全保障体制だけでなく、解放されたヨーロッパ諸国民に自決権を与える計画も含む、戦後の平和体制を構築することにあった。主に、戦後のドイツおよびヨーロッパの再編について協議するためのものであった。
ヤルタ会議は、三大国による戦時中の3つの主要な会議のうちの2番目であった。これに先立って1943年11月にテヘラン会議が開催され、その後1945年7月にはポツダム会議が開催された。
また、1944年10月にはモスクワで会議が開催されており、この会議にはルーズベルトは出席しなかったが、チャーチルとスターリンは、ヨーロッパにおける西側諸国とソ連の勢力圏について非公式な合意に達していた。
ヤルタ協定
日本は1944年(昭和19年)3月30日、北樺太に関する条約の締結によりオハ油田の権益をソ連に譲渡したが、スターリンは12月14日、アメリカのW・アヴェレル・ハリマン駐ソ連大使に対して、満洲国の権益(南満洲鉄道や港湾)、樺太(サハリン)南部や千島列島の領有を要求した。
ルーズベルトは太平洋戦争の日本の降伏にソ連の協力が欠かせないため、1945年2月8日にこれらの要求に応じる形で、日ソ中立条約の一方的破棄、すなわちソ連対日参戦を促した。
ヤルタ会談では、これが秘密協定としてまとめられた。この協定では、ソ連の強い影響下にあった外モンゴル(モンゴル人民共和国)の現状を維持すること、樺太(サハリン)南部をソ連に返還すること、千島列島をソ連に引き渡すこと]、満洲国の港湾と南満洲鉄道における、ソ連の権益を確保することなどを条件に、ドイツ降伏後2か月または3か月を経て、ソ連が対日参戦することが取り決められた。
英語原文
AGREEMENT REGARDING JAPAN
The leaders of the three great powers – the Soviet Union, the United States of America and Great Britain – have agreed that in two or three months after Germany has surrendered and the war in Europe is terminated, the Soviet Union shall enter into war against Japan on the side of the Allies on condition that:
- The status quo in Outer Mongolia (the Mongolian People’s Republic) shall be preserved.
- The former rights of Russia violated by the treacherous attack of Japan in 1904 shall be restored, viz.: (a) The southern part of Sakhalin as well as the islands adjacent to it shall be returned to the Soviet Union; (b) The commercial port of Dairen shall be internationalized, the pre-eminent interests of the Soviet Union in this port being safeguarded, and the lease of Port Arthur as a naval base of the U.S.S.R. restored; (c) The Chinese Eastern Railroad and the South Manchurian Railroad, which provides an outlet to Dairen, shall be jointly operated by the establishment of a joint Soviet-Chinese company, it being understood that the pre-eminent interests of the Soviet Union shall be safeguarded and that China shall retain full sovereignty in Manchuria.
- The Kurile Islands shall be handed over to the Soviet Union.
It is understood that the agreement concerning Outer Mongolia and the ports and railroads referred to above will require concurrence of Generalissimo Chiang Kai-shek. The President will take measures in order to obtain this concurrence on advice from Marshal Stalin.
The Heads of the three Great Powers have agreed that these claims of the Soviet Union shall be unquestionably fulfilled after Japan has been defeated.
For its part the Soviet Union expresses its readiness to conclude with the National Government of China a pact of friendship and alliance between the U.S.S.R. and China in order to render assistance to China with its armed forces for the purpose of liberating China from the Japanese yoke.
February 11, 1945.
J. STALIN
FRANKLIN D. ROOSEVELT
WINSTON S. CHURCHILL
(出典:Avalon Project, Yale Law School)
現代日本語訳
日本に関する合意
ソビエト連邦、アメリカ合衆国、およびイギリスの三大国の指導者らは、ドイツが降伏し、欧州での戦争が終結してから2、3カ月以内に、以下の条件を前提として、ソビエト連邦が連合国側として日本との戦争に参戦することに合意した。
- 外モンゴル(モンゴル人民共和国)における現状が維持されること。
- 1904年の日本の背信的な攻撃によって侵害されたロシアの従来の権利は、以下の通り回復されるものとする。(a) サハリン島南部およびこれに隣接する諸島は、ソビエト連邦に返還されること;(b) 商業港である大連は国際化され、同港におけるソビエト連邦の優先的権益が保障されるとともに、ソビエト連邦の海軍基地としての旅順の租借権が回復されること; (c) 大連への出口となる中国東部鉄道および南満州鉄道は、ソビエト・中国合弁会社の設立により共同運営されるものとする。ただし、ソビエト連邦の優先的利益が保障され、中国が満州における完全な主権を保持するものと理解される。
- 千島列島はソビエト連邦に引き渡されるものとする。
外モンゴルおよび前述の港湾・鉄道に関する合意については、蒋介石総統の同意が必要であることは理解されている。大統領は、スターリン元帥の助言に基づき、この同意を得るための措置を講じるものとする。
三大国の首脳は、日本が敗北した後、ソビエト連邦のこれらの要求が疑いなく履行されることに合意した。
ソビエト連邦は、日本による支配から中国を解放する目的で、その軍隊をもって中国を支援するため、中華民国政府とソビエト連邦・中国間の友好同盟条約を締結する用意があることを表明する。
1945年2月11日
J. スターリン
フランクリン・D・ルーズベルト
ウィンストン・S・チャーチル
