新日本建設に関する証書
昭和21年(1946年)1月1日に昭和天皇が発した詔勅。正式には「新日本建設に関する詔書」だが、通称「人間宣言」と呼ばれている。
天皇と国民の関係が「神話や伝説」ではなく「相互の信頼と敬愛」によるものであること、天皇を「現御神(あきつみかみ)」とする観念や日本国民の優越・世界支配の運命といった考えを「架空なる観念」と否定する。これにより、天皇の神格化(現人神)を事実上否定したものと広く理解され、「人間宣言」と呼ばれるようになる。
この詔書は、明治天皇の五箇条の御誓文を引用して戦後日本の民主的・平和的な再出発を呼びかけつつ、天皇と国民の新しい関係を位置づけた歴史的な文書となる。
起草過程
起草過程は複雑で、GHQ側(民間情報教育局など)が英語原案を作成し、日本側が修正・推敲を重ねた。
レジナルド・ブライス(Reginald Horace Blyth、学習院英語教師)がGHQの教育課長だったハロルド・ヘンダーソン(Harold G. Henderson、俳句研究で知られる)と相談・協力しながら草案を作ったとの記録がある。GHQ民間情報教育局局長のケネス・W・ダイク(Kenneth W. Dyke)准将が草案をレビューし、マッカーサー司令官に報告・承認を求める立場にあった。
元海軍大将、学習院院長の山梨勝之進(やまなし かつゆき)が英文草案を受け取り、修正・吟味した日本側の主要人物の1人。宮内大臣の石渡荘太郎(いしわたり そうたろう)が宮内省のトップとして、草案の最終的な日本側チェック・修正を担った。木下道雄侍従次長が案を受け取り、手を入れた。幣原喜重郎首相、前田多門文部大臣、その他宮内省関係者らも関わり、修正・推敲を重ねた。
GHQの意図と昭和天皇の意向
GHQは、天皇制を温存しつつその権威を民主化に利用するため、天皇に自らの神格を否定する声明を出させることを望んでいた。これにより、国際社会(特に連合国諸国)に対する天皇のイメージを改善し、退位・訴追圧力を弱める効果を狙っていた。
昭和天皇自身は、神格化(現人神として扱われること)を以前から好まず、側近に「人体の構造が同じだから神ではない」と語っていたと言われる。12月頃、天皇は後水尾天皇の逸話(神格化のため治療を拒否され病死)を挙げ、神格化の弊害を暗示的に指摘。幣原首相との会談で、五箇条の御誓文を活用したい意向を伝えた。
新日本建設に関する証書(原文)
茲ニ新年ヲ迎フ。顧ミレバ明治天皇明治ノ初国是トシテ五箇条ノ御誓文ヲ下シ給ヘリ。曰ク、
一、広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ
一、上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ
一、官武一途庶民ニ至ル迄各其ノ志ヲ遂ゲ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス
一、旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
一、智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ
此ノ叡旨公明正大又何ヲカ加ヘン。朕ハ茲ニ誓ヲ新ニシテ国運ヲ開カント欲ス。須ラク此ノ御趣旨ニ則リ旧来ノ陋習ヲ去リ民意ヲ暢達シ官民挙ゲテ平和主義ニ徹シ教養豊カニ文化ヲ創造シ以テ民生ノ向上ヲ図リ人類ノ福祉ヲ増進スベシ。朕ノ政府ハ国民ノ試練ト苦難トヲ緩和センガ為アラユル施策ト経営トニ万全ノ方途ヲ講ズベシ。同時ニ朕ハ我国民ガ時艱ニ蹶起シ当面ノ困苦克服ノ為ニ又産業及文運振興ノ為ニ勇往センコトヲ希念ス。
朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神トシ且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ。朕ハ日本国民ト共ニ在リ常ニ利害ヲ同ジウシ喜憂ヲ共ニセント欲ス。朕ヲ以テ現御神ト為スガ如キ観念ニ基ク現下ノ日本国憲法ノ改正モ亦朕ノ希望スル所ナリ。
一年ノ計ハ年頭ニ在リ。朕ハ朕ノ信頼スル国民ガ朕ト其ノ心ヲ一ニシテ自ラ奮ヒ自ラ励マシ以テ此ノ大業ヲ成就センコトヲ庶幾フ。
御名 御璽
昭和二十一年一月一日
内閣総理大臣兼第一復員大臣第二復員大臣 男爵 幣原喜重郎
現代語訳
ここに新年を迎えます。
顧みれば、明治天皇は明治の初め、国是として五箇条の御誓文をお示しになりました。それによると、
一、広く会議を開き、すべての重要なことは公論によって決定すべきである
一、身分の上下にかかわらず心を一つにして、盛んに国の経営に励むべきである
一、官吏も武士も庶民に至るまで、それぞれがその志を遂げ、人々の心が疲弊しないようにしなければならない
一、古くからの悪い習慣を打ち破り、天地の公道に基づくべきである
一、知識を世界に求め、大いに皇室の基礎を振興すべきである
このお考えは公明正大であり、何も付け加えることはありません。
私はここに誓いを新たにして、国運を開こうと思います。当然、この御趣旨に従い、古くからの悪い習慣を捨て去り、民意をのびのびと実現させ、官民ともに平和主義を徹底し、教養を豊かにして文化を創造し、もって国民生活の向上を図り、人類の福祉を増進すべきであります。
私が任命した政府は、国民の試練と苦難を和らげるために、あらゆる施策と運営に万全の方法を講じなければなりません。同時に、私は我国民が現在の困難に立ち向かい、当面の苦しみを克服するため、また産業と文化の発展のために、勇ましく前進することを切に願っています。
私とあなた方国民との間の結びつきは、終始、相互の信頼と敬愛によって結ばれたものであり、単なる神話や伝説によって生まれたものではありません。
天皇を現御神(あきつみかみ)とし、また日本国民を他の民族に優越する民族であって、ひいては世界を支配すべき運命を持つとするような、架空の観念に基づくものでもありません。
私は日本国民とともにあり、常に利害を同じくし、喜びも憂いも分かち合おうと思います。
このような天皇を現御神とする観念に基づく現行の日本国憲法の改正も、また私の希望するところであります。
一年の計画は年頭にあります。
私は、私の信頼する国民が私と心を一つにして、自ら奮い立ち、自ら励まし合い、この大きな事業を成し遂げることを心から願っています
御名 御璽
昭和二十一年一月一日
内閣総理大臣兼第一復員大臣第二復員大臣 男爵 幣原喜重郎
