十七条憲法(じゅうしちじょうけんぽう)

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解説

日本大百科全書(ニッポニカ)

 聖徳太子制定と伝える日本最初の成文法。『日本書紀』推古 (すいこ)天皇12年(604)4月戊辰 (つちのえたつ)条に、初めてその全文が登場する。それによると、「皇太子、親 (みずか)ら肇 (はじ)めて憲法十七条を作りたまふ」とある。皇太子とは、聖徳太子をさす。

 ここにいう憲法は、近代国家のそれと違い、遵守すべき道徳的規範に近い。すべてで17条からなる漢文体形式の憲法には、儒家・法家・道家、それに仏教の思想が盛り込まれており、中国古典を間接・直接に採用しながら、君・臣・民の上下秩序がさまざまな観点から説きほぐされている。とりわけ、臣のあり方に力点が注がれて、中央豪族の新たな心得を諭 (さと)した観が強い。

 しかし、この憲法には、なお問題も多い。制定年では、推古天皇13年(605)7月(『上宮 (じょうぐう)聖徳法王帝説』)とか、推古天皇10年(602)12月(『一心戒文』)とする異説がみられる。一方、推古天皇12年は甲子 (かっし)年なので、讖緯 (しんい)思想に基づく甲子革令の説を受けて制定されたとする見解もある。17の数に陰陽思想をみいだす試みも行われている。

 はたして、7世紀初頭における聖徳太子の真撰 (しんせん)かどうかも、確固とした定説があるわけではない。12条目の「国司」は、最近の木簡研究からみて、やはり大宝令 (たいほうりょう)(701)以後に使用され始めたことばである可能性があって、後の書き換えをうかがわせる。しかし、これをもって、全文を後の偽作と断定することもできない。内容からみて、すべてを大宝令以後、もしくはその直前の作為とするには無理があり、その原形は推古朝(592~628)に成立したとみるのがやはり妥当であろう。推古朝の遺文にふさわしいともいわれている。

 しかし、『日本書紀』に引用されて今日に伝わる全文と、その原形(推古朝の遺文)とをどのように区別するかは、これからの課題になろう。聖徳太子の真撰かどうかは別にしても、推古天皇8年(600)に初めて遣隋使 (けんずいし)を送った倭 (やまと)王権が、中国の先例(西魏 (せいぎ)の二十四条新制・十二条新制、北周の六条詔書、北斉の五条詔書など)に倣って、中国風の道徳的規範を制定することに迫られ、国内の中央豪族をはじめとして、隋や朝鮮三国(高句麗 (こうくり)・新羅 (しらぎ)・百済 (くだら))にまでそれを誇負 (こふ)することをねらったものと思われる。それが、おそらく十七条憲法の原形をなそう。

 17の数については、西域 (せいいき)やインドを含めた世界史的観点からの検討が、これからなされなければなるまい。ただし、当時、この憲法が国内でどれほどの効果を発揮したかは、すこぶる疑わしい。むしろ、対外的な効力を評価すべきかもしれない。

 にもかかわらず、7世紀後半からの天皇制律令国家形成にあたって、その先取り的な意味をもっていたことは結果的に認められてよい。後代に及ぼした影響も大きい。摂関家の政治の一つのよりどころになったり、武家社会の御成敗式目 (ごせいばいしきもく)、建武 (けんむ)式目、公家諸法度 (くげしょはっと)などにも、影響がみられる。

(新川登亀男)

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世界大百科事典

 7世紀初めに聖徳太子が作ったと伝える法制で,日本最初の成文法とされる。《日本書紀》推古12年(604)4月戊辰条には,〈皇太子親(みずか)ら肇(はじ)めて憲法十七条を作る〉として,以下に17ヵ条から成る長文の条例の文章を掲げており,これがふつう十七条憲法と呼ばれている。

 その内容は法制とはいっても近代の憲法や法律規定とはやや異なり,むしろ一般的な訓戒を述べたもので,当時の朝廷に仕える諸氏族の人々に対して,守るべき態度・行為の規範を示した官人服務規定ともいうべきものである。

 その文章は正格な漢文で,漢・魏の遺風ありとか先秦の文字に類するとかいわれる古風を存した文体であり,後周の蘇綽の六条詔書や北斉の五条の文といわれるものと,内容的に類似した点があることも指摘されているが,実際には《詩経》《尚書》《孝経》《論語》《左伝》《礼記》《管子》《孟子》《墨子》《荘子》《韓非子》などのごとき儒家,法家,老荘家その他の諸子の書,《史記》《漢書》などのごとき史書,《文選》,仏典などにわたる雑多な書籍の語句を数多く利用して,文章を構成しているから,思想上,文体上の統一性はほとんどないといってよい。

 またこの憲法の各条の内容をみると,誠実に服務すべきことを述べた条項(5,7,8,13,15条)が最も多く,そのほかに君主の地位を絶対視する思想を述べた条項(3,12条)もあり,すでに公地公民の理念がうかがわれるとされる条項(12条)もあるが,全般的にみて,専制君主制あるいは律令的な中央集権的官僚制への志向が明白に打ち出されているとはいいがたい。

 なお17という条数は陰と陽の極数の和とされている。《上宮聖徳法王帝説》はこの憲法の制定を乙丑年(605・推古13)7月としているが,岡田正之は讖緯(しんい)説に基づいて甲子年(604・推古12)に定めたものとみられるから,《日本書紀》のほうが正しいとする。

 また狩谷棭斎(かりやえきさい),津田左右吉などは,この憲法を《日本書紀》の撰者などがのちに偽作したものとするが,その根拠はあまり有力とはいえない。
(関 晃)

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国史大辞典

 日本最古の理論的政治思想を示す文章。『日本書紀』推古天皇十二年(六〇四)四月条に「皇太子、親ら肇(はじ)めて憲法(いつくしきのり)十七条作りたまふ」(原漢文)とあって、その次に十七条の全文が掲げられており、これによって古来聖徳太子の作とされてきた。

 その本文として、『日本書紀』のほかに単行の写本・版本があるが、『日本書紀』の本文とは別の伝本とは考えられない。『上宮聖徳法王帝説』の「乙丑年」に始まる文の末尾に「七月に十七余の法を立つ」(原漢文)とあって、この七月が乙丑の年であるならば、推古天皇十三年の作ということになる。

 江戸時代以来、これが聖徳太子の作であることを疑う学説がくり返し唱えられていて、聖徳太子の事蹟全体の史実としての確実性とのかかわりにおいて、今後なお研究の必要があろう。

 この「憲法」の語は、西洋から学んだ近代憲法の訳語のそれとは違い、古代専制君主の支配層への訓示にちかい性質のものであって、内容にも仏教・儒教・法家・道家などの古典に由来する用語・観念が多くふくまれ、作者の政治的、宗教的思想の表明という側面がかなり大きい。

 政治思想としては、君臣を天地に譬え、詔を承けては必ず謹めとする第三条、率土の兆民は王を主とし、所任の官司はみな王臣であるから、国司国造は百姓を斂(おさめと)ってはならないとする第十二条その他において、君主の人民直接支配の方針が示されており、もしこれが聖徳太子の作、あるいは太子の時代の作であるとすれば、すでに大化改新以後の中央集権的官司制度への方向をめざす思想とみることができる。

 貧しい民の訴えをよく聴くことを命ずる第五条、民への仁を説く第六条、農桑の節に民を使うのを禁じた第十六条などは、君主の恩恵としての仁政の思想を示すものであって、儒教的支配者意識のあらわれと考えられる一方、賞罰を明すべしとする第十一条、私に背いて公に向かうべしとする第十五条などには、法家の政治思想の色彩がうかがわれる。

 しかし、それらよりもさらに注目されるのは仏教思想であって、篤(あつ)く三宝を敬え、三宝は四生の終帰、万の国の極宗であるとする第二条のほかに、「我必ず聖に非ず、彼必ず愚に非ず、共にこれ凡夫のみ、是非の理、たれかよく定むべけむ」(原漢文)と説く第十条のごとく、政治的訓示の域を超えた深い宗教的諦観の吐露と感ぜられる文言さえある。「和を以て貴しとす」(同)という第一条の冒頭の句は、直接には儒教古典に出典が見出されるけれど、むしろ仏教思想を根底に置いて解すべきであるとの説もある。

 また、独断をやめ、必ず衆と論ずべしと説く第十七条は、詔を承けては必ず謹めという専制君主主義と矛盾する面もあるが、群臣の共議により大事を決定した歴史的事実や、その反映かと思われる八百万(やおよろず)の神の神集(かむつどい)の神話などにみられるような、古代日本の衆議の慣行から着想されたものであるかもしれない。

 体制の構想としては、律令制国家への志向の先駆といえる命題を強くうち出しながらも、仏教の政治への奉仕を内容とする鎮護国家思想と異なり、人間の有限性の自覚を明らかにした内省を基調としつつ、仏教を為政者の心術として勧奨する十七条憲法は、大化改新以後の国家と仏教との結合につらなっておらず、むしろインドのアショーカ王(Ashoka)の石刻詔勅やチベットのソンツェン=ガンポ王(Srong btsan sgam po)の十六条法などの、哲人政治家の教誡に類似しており、強大な王朝確立期に、部族対立時代に見られなかった普遍的指導理念が表現されるという、世界思想史共通の現象の一例に数える見解もある。

 また、直接には、中国の『北史』『後周書』の蘇綽伝にみえる六条詔書、北斉の五条の文に先例を求める学説や、燉煌本『十戒経』の十戒や『持身之品』のような俗経に暗示を得たのではないかとする推論もあって、大陸古典との歴史的関連のいっそうの究明が必要であろう。

参考文献:坂本太郎編『十七条憲法』(『聖徳太子全集』一)、家永三郎他校注『聖徳太子集』(『日本思想大系』二)

(家永 三郎)

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十七条憲法

現代語訳

四月丙寅戊辰の日に、皇太子自らの肇の作、憲法十七條。(厳しき祝詞を七緒道)

一曰く、和をもって尊しとし、逆らわないのを教義とせよ。人は皆、群れるし、また頭の達者な者は少ない。 それゆえ、あるいは父たる天皇に従わず、背くにおいて隣の里。しかれども、上が和らぎ下と睦まじく、戯れにおいて事を論じれば、すなわち事の道理は自ら通じる。何事においても成し遂げられないことがあろうか。

二曰く、篤く三宝を敬え。それは仏、法、僧である。すなわち総ての生物の終わり帰るところであり、すべての国の頂点の教義である。どういう世であれ、どのような人であれ、この法を尊ばざるを得ない。高くがなく低姿勢が良いとする法。この鮮やかに優れる悪の働き。教えると従うに至る。この三宝で二度と帰ってこない。無駄に真っ直ぐ。

三曰く、天皇の勅語を承ったなら、必ず謹んで従う。民を支配する者の規則は天までいたる。すなわち臣下は地に行くゆく。天を覆し奴隷を載せる。そうして四季がめぐり、総ての気で神通力を得る。地の欲で天を覆し、他人の胸の内を卑屈に気にするようになる。これゆえに、君主の言葉を臣下は謹んで受ける。上が行なえば、下は真似をする。それゆえ、承る勅語は必ず慎み従う。慎まずは自敗する。

四曰く、天皇の側近の位の高い役人と多くの役人に、用いるための礼の本。この民を治めるこの本、要がある。礼儀、嗚呼、上では礼儀正しくなく、しかし下々には道理に反し揃えさせる。それ故に、下の者の無礼は必ず有罪。それゆえ、多くの臣下に礼があれば、地位の序列に乱はない。民に礼が有れば、国家は自治する。

五曰く、絶対に接待への欲を棄て、訴訟はハッキリと物の道理をわきまえろ。その民の訴えは、一百と千件。そのうえ貴様、このあり様は何年にも渡る。このごろ訴訟を治める者が、私利を得るためが常になり、見る、賄賂政庁の裁き。この厄介な訴えは都合が良い、右手で水に投げるごとし。訴える貧民、水に投げる石のようだ。これをもって貧民は、規則の理由が分からない。臣下としての道もまた欠ける。

六曰く、悪を懲らしめ善を励ますのは、古来からの良典である。これを用いては善の人を隠せ無い、見たら必ず悪は正される。すなわち媚び欺く者は、二国家の利器であり、人民を絶つための鋭い剣である。また媚びへつらう者は、もっとも良い謀に応じ話しやすい。下に向かっては上の失敗を誹謗する。このような人はみな、王に対する忠心がなく、民における思いやりも無い。これで大乱のもとになる。

七曰く、人には各々の任務があり、それは濫りにしてはならない。賢人や哲人を官に任じれば、手本とし称賛の声が起こる。偽りの心をもつ者を官職に雇う、世の災い乱れがそく繁栄する。世に生き知る人は少ない。厳しく念を作り、これ聖人とする。事の大小にかかわらず、人を得て必ず治める。時の緩急はない、出会う賢者は自ずと寛大だ。それゆえ国家は永久、社禝を危くしてはならぬ。それゆえ古来の聖王、官のために求人を行う、人の為に官を求めることはない。

八曰く、位の高い役人たちは、早朝寝坊で退出する。回りもなびいて公務が止まる。仕事時間に難ありにつきる。これをもって、遅い朝から焦ってやっては行き届かない。必ずやの仕事が早退で終わらない。

九曰く、義(人として守るべき正しい道)を信じる本。ことごとく信ずる。この善悪での成敗の要はここ、信じるにある。群れも臣下もともに信じる、何事も成し遂げられない。(我々は)群れや臣下の信用がまるでなく、総ての事がことごとく失敗した。

十曰く、憤怒をたち怒り恨み捨て、人に逆らい怒らない。人にはみな心があり、各々には執着がある。彼が正しい、つまり私が悪い。私が正しい、だから彼が悪い。私は聖人ではない、彼は愚かではない。共にこれは凡夫の耳だ。是と非の道理、どうして定めることが出来ようか?賢人も愚者とともに鐶の端だ。だから、彼は怒っていても我を失う恐れで戻る。我は独り占めしたが、衆は従いこぞって持ち上げる。

十一曰く、明確に功労と過失を見ぬき、賞と罰を必ず当てる。近頃、功に賞をしておらず、罪への罰をしていない。天皇皇后の直属の役人と公卿は、賞と罰を明らかに宣言する。

十二曰く、國司と國造、民から税を取り立てるな。国に二人の君主はなく、民に両方の主人はない。地の続く限りの多くの民は、天皇を主人とする。官庁のところに任命する者すべてが、天皇の臣下で皆、正しい。なぜあえて公に与えた、民への租税の取り立ての割り当て。

十三曰く、多くの官職に任じられた者、同じく知識省。拷問する者、あるいは使者、ある門においての出来事。しかるに知を得た日。すなわち、和らぎのごとしを知る。それは過ち、これを与え聞かせる。防衛と公務でしてはならぬ。

十四曰く、多くの臣下と多くの役人、あることないことで嫉妬。我すでに嫉妬の人。またまた妬みの我。嫉妬の患い無知の極み。ゆえに、智が勝においてそく己が不愉快。才が優れているにおいて、そく嫉妬。それで、五百もの賢人に今遭遇しても、千年に一人の聖人を待つのは難しい。何によって国を治めればよいのか。

十五曰く、私心に背を向け政務が、臣下の正しい道である。凡人は私心が有り、必ず恨みがある。怨みが有れば必ず同じではない、同じでなければ、すなわち私をもって政務をさまたげる。怨みが起き、害法の定めに従わない。ゆえに最初の章で述べた、上下の調和、そのわきに正しいと定めた情の安らかな気。

十六曰く、民の使用は時期を選べというのは古の良典である。ゆえに冬と月のある夜間は、民を使用して良い。(我々が)従うのは春から秋は農耕と養蚕の季節であり、民を使ってはならない。農作をせず(我々は)何を食べる?養蚕しなければ何を着る?

十七曰く、人夫の事がらの独断はよくない。必ず大衆に論議を与える。些細な事柄は軽々しく認める。良くないことも必ず大衆、ただ議論大事とだけとらえる。 もし疑い出ると失う。ゆえに大衆をあい織り交ぜ、言葉で乗っ取るのが徳の理。

日本書紀に記載されている原文

書き下し文

夏四月丙寅朔戊辰、皇太子親肇作憲法十七條。

四月丙寅戊辰の日に、皇太子、親ら肇めて憲法十七條(いつくしきのりとをあまりななをち)を作る。

一曰、以和爲貴、無忤爲宗。人皆有黨。亦少達者。以是、或不順君父。乍違于隣里。然上和下睦、諧於論事、則事理自通。何事不成。

一に曰く、(やわらぎ)を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ。人皆党(たむら)有り、また達(さと)れる者は少なし。或いは君父(くんぷ)に順(したがわ)ず、乍(また)隣里(りんり)に違う。然れども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。

二曰、篤敬三寶。々々者佛法僧也。則四生之終歸、萬國之極宗。何世何人、非貴是法。人鮮尤惡。能敎従之。其不歸三寶、何以直枉。

二に曰く、篤く三宝を敬へ。三宝とは(ほとけ)・(のり)・(ほうし)なり。則ち四生の終帰、万国の極宗なり。何れの世、何れの人かこの法を貴ばざる。はなはだ悪しきもの少なし。よく教えうるをもって従う。それ三宝に帰りまつらずば、何をもってか枉(ま)がるを直さん。

三曰、承詔必謹。君則天之。臣則地之。天覆臣載。四時順行、萬気得通。地欲天覆、則至懐耳。是以、君言臣承。上行下靡。故承詔必愼。不謹自敗。

三に曰く、詔を承りては必ず謹(つつし)め、君をば天(あめ)とす、臣をば地(つち)とす。天覆い、地載せて、四の時順り行き、万気通ずるを得るなり。地天を覆わんと欲せば、則ち壊るることを致さんのみ。ここをもって君言えば臣承(うけたま)わり、上行けば下靡(なび)く。故に詔を承りては必ず慎め。謹まずんばおのずから敗れん。

四曰、群卿百寮、以禮爲本。其治民之本、要在禮乎、上不禮、而下非齊。下無禮、以必有罪。是以、群臣禮有、位次不亂。百姓有禮、國家自治。

四に曰く、群臣百寮(まえつきみたちつかさつかさ)、を以て本とせよ。其れ民を治むるが本、必ず礼にあり。上礼なきときは、下斉(ととのは)ず。下礼無きときは、必ず罪有り。ここをもって群臣礼あれば位次乱れず、百姓礼あれば、国家自(おのず)から治まる。

五曰、絶饗棄欲、明辨訴訟。其百姓之訟、一百千事。一日尚爾、況乎累歳。頃治訟者、得利爲常、見賄廳讞。便有財之訟、如右投水。乏者之訴、似水投石。是以貧民、則不知所由。臣道亦於焉闕。

五に曰く、饗を絶ち欲することを棄て、明に訴訟を弁(さだ)めよ。それ百姓の訟(うったえ)は、一日に千事あり。一日すらなお爾(しか)るを、いわんや歳(とし)を累(かさ)ねてをや。このごろ訟を治むる者、利を得るを常とし、賄(まいない)を見てはことわりもうすを聴く。すなわち財のあるものの訟は、石をもって水に投ぐるがごとし。乏しきのものの訟は、水をもって石に投ぐるに似たり。ここをもって、貧しき民は所由(せんすべ)を知らず。臣道またここにかく。

六曰、懲惡勸善、古之良典。是以无匿人善、見悪必匡。其諂詐者、則爲覆二國家之利器、爲絶人民之鋒劔。亦佞媚者、對上則好説下過、逢下則誹謗上失。其如此人、皆无忠於君、无仁於民。是大亂之本也。

六に曰く、悪しきを懲らし善(ほまれ)を勧むるは、古の良き典(のり)なり。ここをもって、人の善を匿(かく)すことなく、悪を見てはかならず匡(ただ)せ。それ諂(へつら)い許(あざむく)者は、国家を覆(くつがえ)す利器なり。人民を絶つ鋒剣(ほうけん)なり。また佞(かだ)み媚(こ)ぶる者は、上に対しては好みて下の過(あやまち)と説き、下に逢いては上の失(あやまち)を誹謗(そし)る。それ、これらの人は、みな君に忠なく、民に仁なし。これ大乱の本なり。

七曰、人各有任。掌宜不濫。其賢哲任官、頌音則起。姧者有官、禍亂則繁。世少生知。剋念作聖。事無大少、得人必治。時無急緩。遇賢自寛。因此國家永久、社禝勿危。故古聖王、爲官以求人、爲人不求官。

七に曰く、人各(おのおの)任(よさし)有り。掌ること宜しく濫れざるべし。それ賢哲、官に任ずるときは、頌(ほ)むる音(こえ)すなわち起こり、奸者(かんじゃ)、官を有(たも)つときは、禍乱すなわち繁(しげ)し。世に、生まれながら知るひと少なし。よく念(おも)いて聖(せい)となる。事、大少となく、人を得て必ず治まる。時、急緩となく、賢に遇(あ)いておのずから寛(ゆたか)なり。これによりて、国家永久にして、社稷(しゃしょく)危うからず、故に、古の聖王、官のために人を求む。人のために官を求めず。

八曰、群卿百寮、早朝晏退。公事靡盬。終日難盡。是以、遲朝不逮于急。早退必事不盡。

八に曰く、群卿百寮、早朝晏(おそく)退でよ。公事いとまなし。終日(ひねもす)にも尽くしがたし。ここをもって、遅く朝(まい)るときは急なることに逮(およ)ばず。早く退(まか)るときはかならず事尽くさず。

九曰、信是義本。毎事有信。其善悪成敗、要在于信。群臣共信、何事不成。群臣无信、萬事悉敗。

九に曰く、信は是義の本なり。それ善悪成敗はかならず信にあり。群臣とも信あるときは、何事か成らざらん。群臣信なきときは、万事ことごとくに敗れん。

十曰、絶忿棄瞋、不怒人違。人皆有心。々各有執。彼是則我非。我是則彼非。我必非聖。彼必非愚。共是凡夫耳。是非之理、詎能可定。相共賢愚、如鐶无端。是以、彼人雖瞋、還恐我失。我獨雖得、從衆同擧。

十に曰く、忿(こころのいかり)を絶ちて、瞋(おもてのいかり)を棄(す)て、人の違うことを怒らざれ。人皆心あり。心おのおのの執れることあり。かれ是とすれば、われ非とす。われ是とすれば、かれ非とす。われ必ずしも聖にあらず。かれかならずしも愚にあらず。ともにこれ凡夫のみ。是非の理、たれかよく定むべけんや。あいともに賢愚なること、鐶(みみがね)の端(はし)なきごとし。ここをもって、かの人は瞋(いか)るといえども、かえってわが失(あやまち)を恐れよ。われひとり得たりといえども、衆に従いて同じく挙(おこな)え。

十一曰、明察功過、賞罰必當。日者賞不在功。罰不在罪。執事群卿、宜明賞罰。

十一に曰く、功と過(あやまち)を明らかに察(み)て、賞罰を必ず当てよ。このごろ賞は功においてせず、罰は罪においてせず。事を執る群卿、賞罰を明らかにすべし。

十二曰、國司國造、勿収斂百姓。國非二君。民無兩主。率土兆民、以王爲主。所任官司、皆是王臣。何敢與公、賦斂百姓。

十二に曰く、国司(くにのみこともち)・国造(くにのみやつこ)、百姓(おおみたから)に収斂することなかれ。国に二君非(な)く、民に両主無し、率土(くにのうち)の兆民(おおみたから)、王(きみ)を以て主と為す。所任の官司はみなこれ王臣なり。何ぞあえて公と、百姓に賦斂(おさめと)らん。

十三曰、諸任官者、同知職掌。或病或使、有闕於事。然得知之日、和如曾識。其以非與聞。勿防公務。

十三に曰く、諸の官に任せる者は、同じく職掌を知れ。あるいは病(やまい)し、あるいは使して、事を闕(おこた)ることあらん。しかれども知ることを得る日には、和(あまな)うことむかしより<曽>識(し)かれるがごとくせよ。それ与(あずか)り聞かずということをもって、公務をな妨げそ。

十四曰、群臣百寮、無有嫉妬。我既嫉人、々亦嫉我。嫉妬之患、不知其極。所以、智勝於己則不悦。才優於己則嫉妬。是以、五百之乃今遇賢。千載以難待一聖。其不得賢聖。何以治國。

十四に曰く、群臣百寮、嫉み妬むこと有ること無かれ。われすでに人を嫉(うらや)むときは、人またわれを嫉む。嫉妬の患(うれ)え、その極(きわまり)を知らず。このゆえに、智おのれに勝るときは悦ばず。才おのれに優るときは嫉妬(ねた)む。ここをもって、五百歳にしていまし今賢に遇(あ)うとも、千載にしてひとりの聖を持つことに難(かた)し。それ賢聖を得ずば、何をもってか国を治めん。

十五曰、背私向公、是臣之道矣。凡人有私必有恨。有憾必非同、非同則以私妨公。憾起則違制害法。故初章云、上下和諧、其亦是情歟。

十五に曰く、私を背きて公に向くは、是臣が道なり。およそ人、私あるときはかならず恨みあり。憾(うら)みあるときはかならず同(ととのお)らず。同らざるときは私をもって公を防ぐ。憾みおこるときは制に違い、法を害(やぶ)る。ゆえに初めの章に云う。上下和諧せよ、と。それまたこの情(こころ)か。

十六曰、使民以時、古之良典。故冬月有間、以可使民。從春至秋、農桑之節。不可使民。其不農何食。不桑何服。

十六に曰く、民を使うに時を以てするは、古の良き典なり。ゆえに、冬の月に間(いとま)あらば、もって民を使うべし。春より秋に至るまでは、農桑(のうそう)の節なり。民を使うべからず。それ農(なりわい)せずば、何をか食らわん。桑(くわと)らずば何をか服(き)ん。

十七曰、夫事不可獨斷。必與衆宜論。少事是輕。不可必衆。唯逮論大事、若疑有失。故與衆相辮、辭則得理。— 『日本書紀』第二十二巻 豊御食炊屋姫天皇 推古天皇十二年

十七に曰く、夫れ事独り断むべからず。必ず衆(もろもろ)とともに宜しく論(あげつら)ふべし。少事はこれ軽(かろ)し。かならずしも衆とすべからず。ただ大事を論うに逮(およ)びては、もしは失(あやまち)あらんことを疑う。ゆえに衆と相弁(あいわきま)うるときは、辞(こと)すなわち理を得ん。

英文訳

THE SEVENTEEN-ARTICLE CONSTITUTION written by Prince Shoutoku in his own hand in 604 A.D.

1. Harmony is to be valued, and an avoidance of wanton opposition to be honoured. All men are influenced by class-feelings; few are intelligent. Hence there are some who disobey their lords and fathers, or maintain feuds with the neighboring villages. But when those high and those low are harmonious and friendly, and there is concord in the discussion of business, things proceed spontaneously of themselves to their truths. Then what is there which cannot be accomplished?

2. Sincerely revere the Three Treasures – Buddha, the Law and the Priesthood, the final refuge of all kinds of generated beings, the supreme objects of faith in all countries. What man in what age can fail to revere this Law? Few men are utterly bad. They may be taught to follow it. But if they do not take to the Three Treasures, how shall their crookedness be made straight?

3. When you receive the orders of the Sovereign, you should listen to them reverentially. The lords is like the heaven and the subjects are like the earth. With the heaven above and the earth below united in performing their functions loyally in their respective positions, we shall see the world ruled in perfect good order as in the harmonious rotation of the four seasons… If the earth should attempt to supplant the heaven, all would simply fall in ruin. Therefore when the lord speaks, let his subjects listen and obey; when the superiors act, the inferiors comply. Consequently when you receive the orders of the Sovereign, you should be attentive in carrying them out faithfully. If you fail in this, ruin is the natural consequence.

4. All ministers and officials should make respectful propriety the basis of their behavior. The fundamental principle of ruling the people consists in respectful propriety. When superiors lack respectful propriety, people in general become disorderly. When people in general lack respectful propriety, they will certainly commit misdeeds. Therefore, when officials observe respectful propriety, social order is not disturbed; when people in general observe respectful propriety, the affairs of the state will be managed without effort.

5. In hearing judicial cases of common people judges should banish avaricious desires and give up their own interests. Deal impartially with the suits brought by the people. Of the cases to be tried there are a thousand each day. If so many in one day, there will be immense numbers of disputes to be settled in the passage of years. Nowadays it is alleged that some judges seek their own profit, and attend to the cases after having taken bribes, which has given rise to the saying: ‘The suits of the rich men are like a stone cast into the pond, whereas the suits of the poor men are like water thrown upon a rock.’ Hence the poor people do not know where to turn. Such a state of affairs, if brought about, would mean a deficiency in the duty of officials.

6. Punish the vicious and reward the virtuous. This is the excellent rule of antiquity. Do not, therefore, let the good deeds of any person go concealed, nor the bad deeds of any go uncorrected when you see them. Flatterers and deceivers are like a fatal missile which will overthrow the states, or a sharp sword which will destroy the people. Likewise, sycophants are fond of dilatings to their superiors on the errors of the inferiors; to their inferiors, they censure the faults of the superiors. Such men are never loyal to their lord, nor benevolent toward the people. All this is the source whence breed grave civil disturbances.

7. Each person had a duty to perform; let not the sphere of duty be confused. When wise and capable persons are entrusted with high offices, there will arise a unanimous voice of pleased approval; but when wicked persons hold high offices, disasters and disturbances are multiplied. In this world there are few who are endowed with inborn wisdom; sainthood is a goal attained after long self-discipline. All matters of State, whether great or small, will surely be well ordered when right persons are in the positions; in any period, whether critical or peaceful, all affairs will be peacefully settled when wise men hold sway. In this way will the state be lasting, and the realm be free from dangers. Therefore the wise sovereigns of the ancient times sought good men for high office, and not good offices for favored men.

8. All officials should go to their offices in the Court early in the morning and retire late. Many affairs of the state are incumbent; even if officials should stay in their offices all day long, they would not be able to finish all their business. Therefore, if they come to their offices late, they cannot meet emergencies; if they retire early, they cannot complete their work.

9. Sincerity is the basis of righteousness. All things should be done with sincerity. Good and bad, success and failure depend on whether there is sincerity or not. When officials maintain sincerity, what is there that cannot be accomplished? When officials do not maintain sincerity, everything will fail without exception.

10. Let us cease from wrath, and refrain from angry looks. Let us not be resentful just because others oppose us. Every persons has a mind of his own; each heart has its own learnings. They may regard as wrong what we hold as right. We are not unquestionably sages, nor are they assuredly fools. Both of us are simply ordinary men. Who is wise enough to judge which of us good or bad? For we are all wise and foolish alternately, like a ring which has no end. Therefore, although others may give way to anger, let us on the contrary dread our own faults, and though we may be sure that we are in the right, let us act in harmony with all others.

11. Reward and punishment should be dealt out properly, considering merit and demerit of persons clearly. Recently award has not always been dealt out according to merit, and punishment not necessarily dealt out according to demerit. Those officials who are in charge of this matter should deal out reward and punishment properly without failure.

12. District officials should not levy taxes arbitrarily. There are not two monarchs for a country; there are not two lords for people. The people of the country regard the Emperor as their lord; the officials appointed by the Government are all subjects of the Emperor. How may they presume to levy taxes from people privately in addition to official taxes?

13. All officials in office should know their own tasks. When they are ill or when they are sent on missions they may not be able to fulfil their tasks. But when they are entrusted with tasks, they should behave themselves harmoniously in collaboration with others, as if they had been in charge of their task for many years. Do not make trouble for official administration with the reason that you were not entrusted with the task.

14. All officials, high and low, should beware of jealousy. If you are jealous of others, others in turn will be jealous of you and so is perpetuated a vicious circle. So if we find others excel us in intelligence, we are not pleased; if we find they surpass us in ability, we become envious. Really wise persons seldom appear in this world …… possibly one wise man in five centuries, hardly one sage in ten centuries. Without securing wise men and sages, how shall the country be governed in good order?

15. To disregard private benefit and to aim at public benefit is the duty of officials. If one is motivated by private benefit, resentment must arise. And if there is a feeling of resentment, it will be very difficult to work with others harmoniously. If one fails to work with others harmoniously, he impairs the public benefit with private motives. If resentful feeling occurs, it subverts the laws. That is why in the first article it is said that “those high and those low should be harmonious and friendly.” Its purport is similar to this.

16. People should be employed in forced labor in suitable seasons. This is a good rule of antiquity. People should be employed in winter months when they are free, and they should not be employed from spring till autumn when they engage in agriculture and sericulture. Without agriculture, what would we eat? Without sericulture, what clothes would we wear?

17. Decisions on important matters should not be made in general by one person alone. They should be discussed among many people. But for small matters of less importance, it is unnecessary to consult many persons. In the case of discussing weighty matters you must be fearful lest there be faults. You should arrange matters in consultation with many persons so as to arrive at the right conclusion.

THE SEVENTEEN-ARTICLE CONSTITUTION by Prince Shoutoku Translated into English by Hajime Nakamura
出典:中村元 著『 聖徳太子 地球志向的視点から 』(東京書籍)

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